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島津啓次郎(しまづけいじろう)

rekisi_00.jpg明治の初め、日向の国佐土原に「自由平等の学校を」の夢を持ち、6年余のアメリカ留学を経て、佐土原に帰って来た島津啓次郎。
啓次郎は、幕末安政4年(1857年7月16日)に佐土原藩10代藩主島津忠寛公の三男として佐土原に生まれた。
寺社奉行の町田宗七郎の養子として訓育を受け、さらに、鹿児島「重野塾」で学び、のち上京して勝海舟の先見ある指導を受け、アメリカに留学することになる。
アメリカでの兵学中心の勉強に疑問を抱く啓次郎は、国の将来を思い文学への道を志す。
帰国して、上級貴族の子弟教育者としての「華族会館勤め」待遇を断り、佐土原に。
青年の学習の場「自立社」の結成と、自由平等の学校「?文學」は明治10年(1877年2月5日)、啓次郎の理想を実現して開校。
しかし、その日運命を左右する西南戦争が勃発。理を重んじながらも、義も大事にする啓次郎は、悩みの中にも西郷薩摩軍に参戦することに。
同年9月24日、志半ばにして鹿児島城山岩崎谷で佐土原隊総裁として西郷隆盛と運命を共に。20歳。