1. TOP
  2. わが町ご自慢

地元の農業で輝く夢の実現!!

今回は、宮崎の農業発展へのパイオニア福田誠さん(69歳)の登場です。

福田さんは昭和51年に従来難しいと言われた「施設内栽培のショウガ」育成法を確立、冬季12月の出荷を可能にしました。その継続した取り組みにより、平成26年には施設ショウガを6ha(6町・18,000坪)、路地ショウガを5ha(5町・15,000坪)、その他施設野菜・花き1.8ha(5,400坪)の大規模農業を経営、通年従業員35名を雇用されています。加えて、農業を目指す青年を研修生として受け入れ、独立就農への技術継承や支援を行い人材育成にも力を注がれています。
 その功績を称え、「平成27年度全国農業担い手サミットinみやざき」において農林水産大臣賞を受賞されました。その際、ご来席された皇太子さまと「ショウガ」についてお声をかけられたことが大変嬉しく、その思い出を大切にしたいと語っておられました。
 
 福田誠さんはお父様が急逝され家業を継ぐため大学進学を断念、農業の道に入ったとき、多くの方々から細かく指導、支援を受けたことで今の私があるのですよ。と謙虚に語っておられます。 
 
 ところで、福田誠さんの趣味は全国のツーリング仲間と走る大型バイクのツーリングなのです。今まで北海道、アメリカ横断、オーストラリアを経験され、次回はアメリカ南部を計画されています。
そのためにも「しっかり仕事せんと行かせてもらえんから・・・」と笑顔で話されていました。

美しき日本の山々に魅せられて 小城義文さん

 今回は韓国岳仙人こと、仲町の小城義文さん(77歳)の登場です。小城さんは、山が大好きで、北海道から九州まで日本の山々を探訪、同時にその風景や展望をスケッチしながらのアウトドアライフを今も楽しんでおられています。
 小城さんの記録集「韓国岳に魅せられて」(1985年~2010年)には、その時々の様子が詳細に記されています。韓国岳一周、高千穂川原縦走、尾鈴山より確認できた阿蘇や久住山、双石山一周、大幡山往復、開聞岳の大展望等々。そして珍しいブロッケン現象(※)を何度も経験されています。また、下山中2回転半転倒したことなどの幾多のご苦労も書き残されており、読む人に大きな感動を与えてくれます。この記録集に収められた26年間で、韓国岳へは何と1136回も登られているのです。そして登った山々の四季の風景を絵にして残しておられ、とても壮大で、しかも繊細で克明に描かれ、見る人の心を打つ見事な作品となっています。山を知り尽くした小城さんがこれまでで一番心に残る山は北海道の羅臼岳だそうです。記録集「これまでの北への旅」(1963年~2010年)の記録によると、羅臼岳登山は51年前から始まっていました。そこに描かれた絵には羅臼岳から見た爺爺岳(ちゃちゃだけ)がそびえ、その奥に択捉島の火山の姿がありました。それにしても、殆ど自宅にいらっしゃらないご主人の帰りを、ずっと辛抱強く待ち続けて居られる奥様の美智子夫人にも敬服致します。     そして、小城さんの挑戦はまだまだ続きます・・・。
  ※ブロッケン現象:太陽などの光が背後からさしこみ、影の側にある雲粒や霧粒によって光が散乱され、見る人の影の周りに、と似た光の輪となって現れる大気光学現象 
・写真は左上から右に山の風景画3枚、次はブロッケン現象、次2枚は韓国岳山頂の小城さん

今回は東町の中西 重雄さんの登場です

この中西重雄さんは地域ボランティアの元祖みたいな方で、昨年4月にMRTラジオ「さわやかスーパー老人の道」でも紹介された地域では名の知れた76歳の元気な方です。その生き方は我々に大変参考になるものです。ご紹介いたしましょう。
 その①は石崎川堤防沿いの草刈りボランティアです。なんと10,000平方メートルにも及ぶエリアの草刈を数人のグループのリーダーとして年4回実施されています。おまけに刈り取った草はご自分の畑の堆肥に利用されています。
 その②はご自分の広い畑でたまねぎ、えんどう豆を栽培されています。「玉ねぎの声をしっかり聞いてあげ、ストレスの無い伸び伸びとした育て方」に取り組み、丸くて白くなめらかな形も整った見事な玉ねぎを収穫されていました。関心のある方は見学されてはいかがでしょうか。
 その③はフルマラソンへの挑戦です。それも年間10回も。しかも65歳から始められたのですよ。もちろん毎日の練習も欠かさず取り組んでおられます。

 平成26年5月になんと76歳になられますが、大手自動車会社のエンジニアとして活躍され、野菜作りや、マラソンの練習にもデータによる管理に挑戦、脳の活性化に取り組んでおられます。「まだまだ多くのことに挑戦したい!」と熱く語られる中西さんにまるで少年のような輝きを見た思いがしました。 「ガンバレ!」
 

NPO佐土原スポーツクラブ

 全国会議 川合俊一氏 対談.jpg縮小.jpg今回は地元佐土原生まれで、幼児から高齢者までの市民を対象として活躍されているNPO佐土原スポーツクラブを紹介します。設立は平成19年2月で間もなく7年目を迎えます。その間、井上理事長のお人柄と強力なリーダーシップに加え、副理事長の抜屋洋子さんと後藤道子さんの責任感の強さ、明るいお人柄が「心のスポーツクラブ」となり、全国的な知名度アップにつながり、スポーツの種目も 飛躍的に増え、まさに地域に根付いた活動は 街づくりに大変貢献されています。当協議会も従来より一歩進んだ「協働関係」を強化していく方針です。(写真は全国スポーツ大会でのトークショウの様子・川合俊一氏らと)

理事長の井上聖子さん(左)は鹿児島出身で、地元の学校を卒業され、小学校の教員をされていました。学生時代からスポーツ万能で、特に軟式テニスではインタイーハ出場、九州学生王座決定戦で優勝されるなど、まさにスポーツ人生を駆け抜けてこられています。佐土原スポーツクラブ設立後はスポーツクラブマネージャーとしての多くの研修を重ねられ、平成23年2月に開催された全国スポーツクラブ大会を誘致、大会委員長として重責を全うされました。現在は各地からクラブマネージャーとしての講演依頼があるなど、まさに全国区の活動を続けられています。

img148.jpg

                          平成24年度スポーツ教室一覧です。クリックしてご覧下さい。

img150.jpg

                       イベント案内、入会申し込み案内などです。クリックしてご覧下さい。

img149.jpgのサムネイル画像

               広瀬小学校区地域づくり協議会主催「文化芸能祭り」で披露されたフラダンス

          YouTubeでご覧下さい(以下のURLをクリックしてください)

https://www.youtube.com/watch?v=9OlmuxEk3bQ

 

郷土が誇る書道家・角井大拙先生

    角井先生は佐土原町出身で、昭和32年妻校卒業と同時に現在まで55年の長きに亘って書道塾を続け、数多くの傑出した書家を育てられ広く宮崎県の書道の普及に貢献されています。
   宮崎大学で書道を専攻、南郷中を皮切りに南高を始め主な県立校での教職を歴任、その間、国・県レベルの書道展、日展や各種メディア展などで多くの上位受賞歴を積み重ねてこられました。先生は「私の最も誇る受賞は、昭和63年の第2回日本書道大賞新人賞に入選したことです」と懐かしく語られています。とともに「私がこの道を選んだのは、幼少時代の指導者に恵まれたからです。中学2年生の時に書道で生きていくことを決めました」とも語っておられます。
   長年の功績を認められ、平成15年には「県芸術文化賞」を受賞、最近では新たな分野「篆刻(てんこく)」にも挑戦されています。現在、広瀬台自治区内で「一心書道塾」を主宰され幼児から成人までの幅広い層に「書の楽しさ」を広めておられます。70歳を超えた今も宮崎県の書道協会役員や短大講師として多忙な日々を過ごされる傍ら、自治会では「見守り隊」としても活躍されています。 (レポーター:杉村 實)
P1060570.jpgのサムネイル画像

P1060575.jpg

P1060574.jpg

東北大震災炊き出しボランティア 満添信榮さん

masuzoe.jpgfune_masuzoe.jpg
 

満添信榮さんは本年3月に発生した東北大震災の復興支援のために3回も岩手県釜石市に出向かれています。釜石水産振興企業組合とは宮崎市の楠並木朝市を通じて親交があり、震災情報を知るや直ちにチームを結成、準備を整え現地での炊き出しに。
宮崎で調達した米、野菜、うなぎ、鶏肉や調理器具などリンゴ箱30個に加え、佐土原町料理飲食業組合からの義援金を携え5月6日に出発。交通手段が整備さ れていない中、同行された水永さん、瀬川さんと共に「本日の昼食はバナナ1本、パン1個です」と書かれた小川体育館前で「ウナギまぜめし」800食、「モ モ焼き」600食を準備。受け取る被災者の多くは涙して喜んでいただいたそうです。その被災者の思いに満添さんも目頭を押さえながらの炊き出しでした。
満添さんはその後6月、9月にも釜石市に炊き出しボランティアとして出向かれています。また、今後2年間は60食の食材を毎月送り続けられるそうです。そ の満添さんは佐土原町でも有名なウナギ処「かねしん」を約38年間経営、今は長男さんに経営を譲り、ご自身は片瀬・下山の自治会長であるとともに、佐土原 町料理飲食業組合顧問、佐土原町商工会理事としても活躍されています。
今回のボランティアを通じて、「今まで経験したことのない人の優しさ、温かさを体感でき、自分の宝物になりました」と、目を輝かせて語っていただきました。これからもお元気で頑張って下さい!
(インタビュアー 杉村 實)

ひろせ旅館 杉田文子さん

ひろせ旅館杉田さん    杉田さんのスケジュール帳
今回の登場は、広瀬旅館女将の杉田文子さんです。
佐土原町では知らない人が居ないくらいに多方面で活躍されている方です。その略歴は十指では数え切れないほどで、昭和35年に西米良村から佐土原に来られ 今の広瀬旅館を営む傍らで、民生委員33年間、小学校、中学校役員10年間、保護司25年間、更生保護女性会役員18年間、地域婦人会役員30年間に加え て、料理飲食業組合役員、商工会役員、合併特例区委員を歴任、現在では広瀬小学校区地域づくり協議会の健康福祉部会としてまちづくりに尽力されています。
それらの活躍に対して、平成12年には厚生大臣賞、平成15年には藍綬褒章を受けられています。その活躍の源泉は「自分のためでなく、人のために働くこと の大切さ」を説いたご両親の教えにあると話されています。と同時に「これまでやってこられたのは、家族はもちろん多くの方々の支援があったからです」とも 話されています。これからの活躍を一層期待しております。
写真は仕事の合間の杉田さんとスケジュール表です。
(インタビュアー 杉村 實)